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あの日から3ヶ月

八戸でも、相変わらず余震は毎日続いてます。
今でも避難所生活の方々がいます。
閉店せざるを得なかったお店もあります。
それでもまだ元の状態には完全には戻ってないけど、復旧しつつあります。
被害の大きさは場所によって違うけれど、トラウマは皆同じ。

でも、人間って強い
こういう状況になっても、時間をかけてなんとか立ち直りつつあるから。
今後も、一生地震は続くでしょう。
色々な心配事も増えてきます。
でも、あの日の恐怖におびえたままではいけない
『頑張れ』って言葉は、一被災者の立場で言うと、今は本当は聞きたくない。
簡単に言って欲しくない。
(相手の立場になって心からおっしゃってる方々もいますので、失礼ならごめんなさいね)
同じつらさを持った人間同士は、そのような言葉をかけてないかもしれない。
『上を向いて歩こう』がいいかな。

最後に…救援物資を送ってくれた全国の皆さん、
心配して連絡くれた全国の友達や仲間達、
助け合い協力し合った地域の方々、
本当にありがとうございました


被害が大きかった地域の方々の、一日も早い復旧と、笑顔や元気が戻りますように。
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by utakodon | 2011-06-11 22:00 | 3.11 大震災

あの日から2ヶ月

最初の1ヶ月はあっという間に過ぎたが、
その後の1ヶ月は長~く感じた(´-ω-`)


毎日毎日の余震・下船病・ガソリン不足・
食料不足・電池不足(>_<)


現在は少しずつ落ち着いてきて、表面上は何事もなかったように日々淡々と過ごしているが、

爪跡は大きい。

ガレキの山々はまだまだある。
被災した者同志、慰めの言葉が見つからない。
頑張ろうと言ったり、言われたりしても。

それでも皆、何とか乗り越えてきてる。
いつまた地震が来てもいいように、対応出来るようにしてるから。
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by utakodon | 2011-05-11 21:27 | 3.11 大震災
八戸は震度5強。
仕事中だったため、机の下にもぐるのが精一杯。
即停電。
電話もパソコンも使えないため皆帰宅。
渋滞してもうすぐ家という所で、通行止め
『ここはダメだ。
津波が来るぞ』
と言われ、
家に帰れず母校の小学校へ避難。
真っ暗で家族は見つからない
高台にある親戚宅へ向かい、ろうそくで一夜を過ごした
親戚皆無事だったが、結局家族にはその日会えなかった。

街灯も信号機も点いてない真っ暗闇の中で、その夜は
今まで見たことないくらい
星がとても綺麗だった。

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by utakodon | 2011-04-11 22:32 | 3.11 大震災
あっ地震かな?と感じたら

一気にガタガタ揺れました


その時私は居間にいましたが

家族へ「外に出て!」と叫び

何も持たずに、そのままの格好で庭に出ました


地震直後の住宅街はシーンとしています

救急車と消防車のサイレンが鳴り響いてます


横揺れだったため、横側に置いてあった物だけが倒れました


固定していなかった、ビニールのキャスター付き家具の近くにいなかったこと

自分他身の回りの人が怪我しなかったこと

地域では停電などもなかったこと

津波警報も、亡くなられた方も出なかったことは幸いでした


不思議だったのは、仏壇の周りの物が倒れている中

父の遺影は倒れていなかったことです


…そして、父のへそくりが見つかったことも

不幸中の幸い、でしょうか



お父さん、守ってくれてありがとう☆


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by utakodon | 2008-07-27 11:05 | 真面目なうたこどん

いざという時のために…

さっき地震があった(゜ ゜)

条件反射で目が覚め、起き上がった。
横揺れだったかな、札幌中心部は震度2

私の出身は青森の海側だから、よく地震がある。
何度か避難しかけた事もある。
阪神大震災頃、三陸はるか沖地震を経験し確か震度4だった。

そんなわけで私は、
条件反射で起き上がり頭に毛布かぶせて、玄関開けたが
…大丈夫そうでよかった。

そういえば最近
災害避難用に備蓄してる缶詰め、お腹空いて食べちゃったなぁ…
ペットボトルの水も飲んだなぁ…(+ +)

いつ何が起こるかわからないから、
非常持ち出し物はきちんと揃えておこ
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by utakodon | 2007-02-17 09:16 | 真面目なうたこどん

八戸っ子・詩子の雑日記☆


by utakodon